アネモネのPSO2での冒険の記録です。
マ○オが攻略できないライトユーザーなので、攻略に役立つような内容はないです。
まったり遊んでる記録を残してます。更新も記事の内容もマイペースです。
リリパ成分多め。りっりー♪
(所属シップ・4(メイン所属)&10 メインキャラ:アネモネ サブ:メア、アネモネ(デューマン) 他)
※ブログ内の私のイラストは転載禁止です。
【死に至る花 04】
あの狂気の日々を思えば、今は何もかもが幸福だった。
嘘で塗り固められたかのように穏やかな日々で、時にそれが恐ろしくも感じた。
可笑しな話だと自分でも思う。幸福だというのに、それに怯えるなんて。
きっとこの幸福が長くは続かないとわかっているから、だから恐怖を感じるのかもしれない。
だって俺たちは皆、あいつが支配する牢獄の世界から抜け出せずにいるのだから。
◆◆◆
ヴァルトリエが寒いのはいつものことだが、冬が来ると尚いっそう寒くなる。
寒いのは好きじゃない俺なので、なんでこんなとこに住んでるんだと、冬が来るたびにそう同じ事を思っていた。
窓の外に視線を向ければ、小さく雪が舞っている。一体これは、何度目の冬だろう。俺はもう、時間の感覚がわからなくなってきている。それを、恐いと思うことさえも最近はもう無い。
少し前までは、それでも多少は日を意識して時間の経過を忘れないようしていたが、それも随分前にやめてしまった。もう諦めなのか、それとも今に満足しているからなのか……わからないが、きっと後者であるような気がした。
老いない体は、俺の精神を蝕んでいた。自身の時間が狂い、周囲から取り残されていく恐怖は、時が経つほどに俺の心を壊していく。
おそらくもう恐怖も感じないのだから、手遅れのところまで俺も壊れてしまったのだろう。
以前のアネモネはもっと早い段階で壊れていたが、これで俺も少しは彼女に近づけただろうか――そんなことを思い、なんだか自分の最低さに苦笑が漏れた。
自分は、これで贖罪のつもりなのだろうか。彼女に罪をおかせて、発狂する彼女の記憶を奪ったのは俺なのに。
あぁ……やはり贖罪をするには、俺の罪は重すぎる。記憶を取り戻した彼女ならば、何をしても俺を許しはしないだろう。
「……いしゅ、える……なんで、わらってる、の?」
「え? ……あ、あぁ、わりぃ……思い出し笑い、かな?」
俺の向かいで本を読んでいたアネモネが、俺に視線を向けて問いかけてくる。不思議そうな顔をして首を傾げる彼女に、俺は誤魔化す笑みを返した。
「……変な、の」
「ははっ……それよりアネモネ、お前さっきから何をそんなに真剣に読んでるんだ?」
俺の返事に納得していない様子のアネモネに、俺はそう問いを返す。アネモネは「これ?」と言いながら、本の表紙を俺に見せた。
「料理の、本……」
「へぇ……なんだ、またあーやしい呪術の本かと思った」
「おりょうり、の……べんきょうも、しないと、だから……いい、奥さんに、なるために……わたしって、ホント、素敵なレディよ、ね」
「……そっスか」
先ほどとは別の意味の苦笑を漏らし、俺は視線を手元の新聞に向ける。興味が薄い情報を流し読みしてると、アネモネも自分の読書に戻った気配がした。
(……いい、奥さん、か)
先ほどのアネモネの言葉を、頭の中でリフレインする。
愛する人の為に料理の腕を磨きたいというのは、一人の女性として微笑ましく、可愛らしい動機だと思う。だけどそんな夢、絶対に叶わないとわかっている俺には、聞くのはひどく心苦しい話だ。
アネモネの呪いは、周囲の人を巻き添えにする。彼女が幸せにならぬようにと、彼女を呪う呪縛は関わる人をも怨嗟の闇に堕とすのだ。だから彼女は一人でいなくてはいけない。一人で生きなくてはいけない。孤独に、一人で刻の迷路をさ迷わなくてはいけない。恐ろしい呪いだと、改めて思う。あの女のイカレっぷりが再確認できた瞬間だ。
でも、あの女もそうやってずっと孤独の刻を生きてきたのだ。長く、ずっと一人で世界に取り残され て生きてきたのだろう。あの女を許すつもりは無いけど、あいつと同じ境遇となった今は、あの女がイカレて壊れた理由が少し理解できた。
そして、いつか俺もアネモネも、あの女みたいに完全に狂ってしまうのだろうか、と。
俺だって本当は彼女を見捨てさえすれば、こんな気が狂うような呪いを受けずに済むのだ。メアも――そもそもまだ気づいていないだろうけど――アネモネから離れれば彼の時間も正常になる。
直接呪われているのは、アネモネただ一人だ。俺たちは直接あの女に呪われているわけじゃない。だから俺たちの呪いを説く方法は簡単で、そして残酷なものなのだ。
そう、簡単なことだ。だけど簡単で残酷だから、俺は彼女を見捨てるその選択を選ぶことは出来なかった。今もクソヤロウな俺だけど、これ以上のクソヤロウにはなれない。なりたくない。アネモネ一人にこれ以上、全てを背負わすわけにはいかないのだ。これ以上を背負わせたら、俺はきっと呪いとは別に、後悔で自滅するだろう。
じゃあ、どうすればいい?
アネモネを救い、俺の呪いも解くためには……――
「アネモネさん、ちょっとー! また洗濯物、干してないでしょ! 自分の服くらい、自分で干してくださいよ!」
俺とアネモネがいる部屋に、メアが洗濯かご片手に怒った様子でやって来る。それに対してアネモネが顔を上げ、「メアくん、やって」と返した。
「はぁ?! いやですよ、いい加減にしてください! 自分のことくらい自分でやってくださいよ!」
「……メアくん、今……ほしてる、でしょ? じゃあ、ついでに……やってよ……」
「いやだって言ってるでしょ! ついでってなんですか! ほら、あんたの洗濯物、俺は知らないですからねっ!」
アネモネの態度にご立腹らしいメアは、もってきた洗濯かごの中からアネモネの濡れた衣類を引っ張り出してアネモネに投げつける。
「ううぅ、メア君、ひどい……ひど、すぎる……い、いたい……ふく、投げないでよ……」
「酷いのはどっちですか! めんどくさがって俺に雑用やらせようとか、そんな……」
文句を言いながらアネモネへ向けてポイポイと衣類を投げていたメアだが、アネモネの下着を引っ張り出すと急に顔を真っ赤にして「きゃー!」と叫ぶ。そしてそれを何故か俺の方に放り投げて、彼は何か叫びながらどこかに走っていった。
「……面白いくらいにウブな少年だねぇ」
俺は頭に引っ付いたアネモネの下着を取りつつ、笑いながらそう呟く。すると今度はアネモネが俺の方を見て、顔を赤くして怒ったように叫んだ。
「か、かえし、てっ! へんたいっ!」
「えー……投げてきたのはメア君だよぉ?」
怒るアネモネの目の前で黒のレースのブツをヒラヒラと揺らしてみると、アネモネは「さいってい!」と珍しく本気で怒ったように俺を睨む。そして身を乗り出して俺から下着を奪還しようとするが、俺は華麗な動作で奪還に動くアネモネの腕を回避してみせた。
「やぁだ、かえして、よっ! ほんと、に、最低、だね、あなたって……っ!」
「返してほしければ、自分の洗濯物くらい自分で干しなさいーほれほれ」
「っ……」
アネモネは俺を呪い殺すような目で睨みつけたあと、「自分で、干すから、返してっ」と俺に言う。俺はにっこり笑って、約束どおり下着を彼女の方に投げてあげた。
「……いつか、おぼえてて、よ……イシュエル……ふくしゅう、してやるんだ、から……」
「おお復讐なんてこわいこわい、俺のセクシーな赤いブーメランパンツがアネモネちゃんの部屋から見つかったりしちゃうのかしら」
「……いしゅえるの、ばーかっ!」
アネモネは涙目で俺にそう文句を叫び、メアから投げつけられた衣類を抱えて部屋を出て行く。俺はそれを苦笑いで見送り、再び視線を新聞へ落とした。
視線はそのまま、俺にとっては無意味な文字の羅列でしかない新聞の記事を追う。だが当然内容は頭には入らず、俺は別の思考を続けていた。
どうしたらアネモネを助ける事が出来るか――俺はその答えを知っていた。アネモネだって、知っていたはずなのだ。
あの日、メアを召喚した事故で記憶を失わなければ、アネモネは自分が助かる方法をあの場で実行していたはずだった。
召喚の事故は、多分俺のせいなのだろう。俺が不慣れな術でアネモネの記憶を奪ったから、事故がおきた。元々大半の記憶を奪われて不安定だったあいつの記憶は、事故の衝撃でさらに失われた。俺が奪った記憶は俺の意思で元には戻せるけども、事故で失われたものは俺にはもうどうする事も出来ない。そしてそのどうすることも出来ない部分に、メアを呼んだ理由は含まれていた。
メアを呼んだ理由をあいつは忘れ、そして俺が戻ってきた時には、アネモネはメアに情を持って接してしまっていたのだ。そう、俺が気づいた時にはもう全てが遅かった。
本当に、俺は愚かだと思う。後悔ばかりをしている。後悔とは、したときにはもう全て遅いのだ。ただ愚かだと、自分を責めて慰めるしかできない。
召喚した時に俺が傍にいれば、少なくともこんなに苦しい決断を迫られるまでには追い詰められなかっただろう。俺もメアに情が移っている。彼が可哀相な少年だと知ってしまった。そして真っ直ぐで素直で、優しい少年だということを理解してしまっている。
……今更、自分が助かる為に彼を死なせる選択、アネモネには出来ないと思う。そんなこと、俺にだって出来ない。
メアはただ巻き込まれただけだ。あの少年は何もしらない。今のアネモネのように。
全てを知っているのは、俺だけだった。あぁ、そうか……こうしてどうしようもない事実を全て一人で背負い込む事が、俺の罪なのだろう。
俺が助かるには、アネモネを見捨てるか彼女の呪いを解くしかない。
アネモネが助かるには、まずはメアを犠牲にするしかない。
メアを助けるならば、アネモネは呪いを背負い続ける事になる。俺は……
俺たち三人が皆で幸福になる方法なんて、そんな幻想はどこにもなかった。俺たちは互いに誰かを犠牲にしないと、幸福になれないのだ。仮初めの幸せで塗り固められた今を生きるほどにこの先が辛く恐く感じ、不幸が手招きをする。
「……本当に、厄介な呪い押し付けやがって……イレインめ……」
知らず、独り言が俺の口から漏れる。それに気づいて思わず顔を上げたとき、アネモネはこの場にいないことを思い出して安堵した。
そうして全然内容が頭に入らない新聞を閉じた時、慌しい足音の後にアネモネとメアが血相を変えて部屋にやってくる。
「イシュエル、たい、へんっ! たいへん、だよっ!」
「な、なんだぁ?!」
二人の慌しさに俺は驚きに目を丸くする。敵襲でもあったのかと思うほどに慌てる二人は、「どうした?」と聞く俺にこう返した。
「いいから来てください、イシュエルさん!」
「そう、来て……っ! すごい、の……! 見てほしい、の!」
「え、見る……? な、なに……」
よくわからないまま、二人は俺の腕を引っ張って何処かに連れていこうとする。俺は二人に引っ張られるがままで、何処かに向かった。
アネモネとメアが俺を連れてきた先は、家の敷地内で日明かりがいい物干し場……の、すぐ近くに最近作った温室だった。
確かここは、ナマミソが見つけてきた謎の種を植えた鉢が置かれている場所だ。俺はあまり興味ないので来ない場所だが、アネモネとメアはわりとしょっちゅう鉢植えの世話をしに来ているらしい。いつ芽が出るのかと二人が楽しみにしていることは俺も知っていた。
「お、まさか……」
察しのいい俺様なので、温室に入る前に二人が俺をここに連れて来た理由を理解する。
「もしかして、アレ、芽がでたの?」
「ふ、ふふ……ひみつ、なのっ」
「とにかく入ってください、イシュエルさんっ!」
二人に引っ張られて温室に足を踏み入れると、温室は帝国のよくわからねー技術でわりと温かかった。
「お、あったけぇ……なんだ、雪降ってもここで暮らせるな」
「何言ってるんですか……それより、ほらっ!」
子どもみたいに目を輝かせて俺に何かを指差すメアの、その指差す先を視線で追う。って、メアは間違いなく子どもだったな。
「おっ!」
メアが指差した先には案の定あの鉢植えがあり、そしてその中を覗くと……
「すげぇ、芽ぇ出てんじゃん!」
覗き込んだ鉢植えの中では、小さく緑の芽が確かに芽吹いていた。だが植物なんてさっぱりわからない俺には、なんの芽だかはやはりわからない。でも、なんとなく花っぽい気がした。
いつの間にかうさこやナマミソも温室内に居り、二匹が鉢植えの周りとぐるぐると興味深そうに回っている。アネモネは俺の言葉に笑顔で「うん!」と頷いた。
「いま、ね……メア君と、せんたくもの、ほしてて……うさこたちが、なんか呼ぶから、見てみたら……出てたの!」
嬉しそうにそう俺に報告するアネモネを見て、俺も思わず顔を綻ばせる。正直、芽なんて出ないとさえ思ってた俺なので、驚きと同時に二人の喜ぶ姿が見れて安堵していた。
「すごいですよね! ちゃんと、芽が出るなんて!」
メアも興奮してるらしく、珍しく俺の服の袖を引っ張っている。俺は「そうだな」と、そう笑みを零しながら二人に返した。
「ちゃんと、芽吹くんだなぁ……」
何の植物なのかまだわからないが、そこに確かに希望はあったのだと知った。いや、希望なんてものをまともに信じていたのはアネモネとメアの二人だ。芽吹かせたのも、二人の力だ。俺は何もしていない。
「これ、ちゃんと……フェルカドさんとかに、お話、きけば……育て方……聞いて、がんばれば……お花も、咲くかなっ」
「お花じゃなくて、このまま何かの木が生えたりして! 育ったものが温室突き抜けたらどうします?」
「えー……くだもの、の、木なら、まぁいいけど……つきぬけは、こまる……」
鉢植えを前に楽しそうに話す二人を細めた目で眺め、やがて俺は二人の頭に手を乗せる。二人が揃って俺を見上げるので、俺は笑みを返した。
「そーだなぁ……マジで芽が出ちまったらしょうがねぇ、これからはこの俺様もお世話をマジメに手伝ってやるよー」
「あー、そうですよイシュエルさん! マジメに手伝ってくれてなかったですよねぇ! 今度からはしっかりお願いしますよ!」
「うぃーっす、ちょうがんばりま~っす」
「うわ、全然マジメにする気ない返事だ……ぶん殴りたい」
メアは俺を無視するように「アネモネさん、あの人は役に立たないのでこれからも二人でがんばりましょう」とアネモネに言う。それに頷くアネモネを見て、俺はちょっと悲しくなった。
「おぉ~い、三人でがんばろうぜ~」
「わたし、と、メアくんと……あ、あと、うさこと、ナマミソちゃんでがんばろ、ね。四人、だ」
「そうですね」
「ひゃーひどい、俺だけハブるとか超いじめじゃん!」
だけど、何だかんだでこうして賑やかにふざけあっている時間が一番安心できた。心地よく、これが何気ない日常で”幸せ”なのだろうと、思える。この小さな”幸せ”はどこまでの未来に繋がっているのかは、わからないけれども。
願わくば、小さく芽吹いたこの”希望”が枯れることなく先へ繋がるようにと……俺は二人の笑顔を見て、それを思わずにはいられなかった。
【END】
あの狂気の日々を思えば、今は何もかもが幸福だった。
嘘で塗り固められたかのように穏やかな日々で、時にそれが恐ろしくも感じた。
可笑しな話だと自分でも思う。幸福だというのに、それに怯えるなんて。
きっとこの幸福が長くは続かないとわかっているから、だから恐怖を感じるのかもしれない。
だって俺たちは皆、あいつが支配する牢獄の世界から抜け出せずにいるのだから。
◆◆◆
ヴァルトリエが寒いのはいつものことだが、冬が来ると尚いっそう寒くなる。
寒いのは好きじゃない俺なので、なんでこんなとこに住んでるんだと、冬が来るたびにそう同じ事を思っていた。
窓の外に視線を向ければ、小さく雪が舞っている。一体これは、何度目の冬だろう。俺はもう、時間の感覚がわからなくなってきている。それを、恐いと思うことさえも最近はもう無い。
少し前までは、それでも多少は日を意識して時間の経過を忘れないようしていたが、それも随分前にやめてしまった。もう諦めなのか、それとも今に満足しているからなのか……わからないが、きっと後者であるような気がした。
老いない体は、俺の精神を蝕んでいた。自身の時間が狂い、周囲から取り残されていく恐怖は、時が経つほどに俺の心を壊していく。
おそらくもう恐怖も感じないのだから、手遅れのところまで俺も壊れてしまったのだろう。
以前のアネモネはもっと早い段階で壊れていたが、これで俺も少しは彼女に近づけただろうか――そんなことを思い、なんだか自分の最低さに苦笑が漏れた。
自分は、これで贖罪のつもりなのだろうか。彼女に罪をおかせて、発狂する彼女の記憶を奪ったのは俺なのに。
あぁ……やはり贖罪をするには、俺の罪は重すぎる。記憶を取り戻した彼女ならば、何をしても俺を許しはしないだろう。
「……いしゅ、える……なんで、わらってる、の?」
「え? ……あ、あぁ、わりぃ……思い出し笑い、かな?」
俺の向かいで本を読んでいたアネモネが、俺に視線を向けて問いかけてくる。不思議そうな顔をして首を傾げる彼女に、俺は誤魔化す笑みを返した。
「……変な、の」
「ははっ……それよりアネモネ、お前さっきから何をそんなに真剣に読んでるんだ?」
俺の返事に納得していない様子のアネモネに、俺はそう問いを返す。アネモネは「これ?」と言いながら、本の表紙を俺に見せた。
「料理の、本……」
「へぇ……なんだ、またあーやしい呪術の本かと思った」
「おりょうり、の……べんきょうも、しないと、だから……いい、奥さんに、なるために……わたしって、ホント、素敵なレディよ、ね」
「……そっスか」
先ほどとは別の意味の苦笑を漏らし、俺は視線を手元の新聞に向ける。興味が薄い情報を流し読みしてると、アネモネも自分の読書に戻った気配がした。
(……いい、奥さん、か)
先ほどのアネモネの言葉を、頭の中でリフレインする。
愛する人の為に料理の腕を磨きたいというのは、一人の女性として微笑ましく、可愛らしい動機だと思う。だけどそんな夢、絶対に叶わないとわかっている俺には、聞くのはひどく心苦しい話だ。
アネモネの呪いは、周囲の人を巻き添えにする。彼女が幸せにならぬようにと、彼女を呪う呪縛は関わる人をも怨嗟の闇に堕とすのだ。だから彼女は一人でいなくてはいけない。一人で生きなくてはいけない。孤独に、一人で刻の迷路をさ迷わなくてはいけない。恐ろしい呪いだと、改めて思う。あの女のイカレっぷりが再確認できた瞬間だ。
でも、あの女もそうやってずっと孤独の刻を生きてきたのだ。長く、ずっと一人で世界に取り残され て生きてきたのだろう。あの女を許すつもりは無いけど、あいつと同じ境遇となった今は、あの女がイカレて壊れた理由が少し理解できた。
そして、いつか俺もアネモネも、あの女みたいに完全に狂ってしまうのだろうか、と。
俺だって本当は彼女を見捨てさえすれば、こんな気が狂うような呪いを受けずに済むのだ。メアも――そもそもまだ気づいていないだろうけど――アネモネから離れれば彼の時間も正常になる。
直接呪われているのは、アネモネただ一人だ。俺たちは直接あの女に呪われているわけじゃない。だから俺たちの呪いを説く方法は簡単で、そして残酷なものなのだ。
そう、簡単なことだ。だけど簡単で残酷だから、俺は彼女を見捨てるその選択を選ぶことは出来なかった。今もクソヤロウな俺だけど、これ以上のクソヤロウにはなれない。なりたくない。アネモネ一人にこれ以上、全てを背負わすわけにはいかないのだ。これ以上を背負わせたら、俺はきっと呪いとは別に、後悔で自滅するだろう。
じゃあ、どうすればいい?
アネモネを救い、俺の呪いも解くためには……――
「アネモネさん、ちょっとー! また洗濯物、干してないでしょ! 自分の服くらい、自分で干してくださいよ!」
俺とアネモネがいる部屋に、メアが洗濯かご片手に怒った様子でやって来る。それに対してアネモネが顔を上げ、「メアくん、やって」と返した。
「はぁ?! いやですよ、いい加減にしてください! 自分のことくらい自分でやってくださいよ!」
「……メアくん、今……ほしてる、でしょ? じゃあ、ついでに……やってよ……」
「いやだって言ってるでしょ! ついでってなんですか! ほら、あんたの洗濯物、俺は知らないですからねっ!」
アネモネの態度にご立腹らしいメアは、もってきた洗濯かごの中からアネモネの濡れた衣類を引っ張り出してアネモネに投げつける。
「ううぅ、メア君、ひどい……ひど、すぎる……い、いたい……ふく、投げないでよ……」
「酷いのはどっちですか! めんどくさがって俺に雑用やらせようとか、そんな……」
文句を言いながらアネモネへ向けてポイポイと衣類を投げていたメアだが、アネモネの下着を引っ張り出すと急に顔を真っ赤にして「きゃー!」と叫ぶ。そしてそれを何故か俺の方に放り投げて、彼は何か叫びながらどこかに走っていった。
「……面白いくらいにウブな少年だねぇ」
俺は頭に引っ付いたアネモネの下着を取りつつ、笑いながらそう呟く。すると今度はアネモネが俺の方を見て、顔を赤くして怒ったように叫んだ。
「か、かえし、てっ! へんたいっ!」
「えー……投げてきたのはメア君だよぉ?」
怒るアネモネの目の前で黒のレースのブツをヒラヒラと揺らしてみると、アネモネは「さいってい!」と珍しく本気で怒ったように俺を睨む。そして身を乗り出して俺から下着を奪還しようとするが、俺は華麗な動作で奪還に動くアネモネの腕を回避してみせた。
「やぁだ、かえして、よっ! ほんと、に、最低、だね、あなたって……っ!」
「返してほしければ、自分の洗濯物くらい自分で干しなさいーほれほれ」
「っ……」
アネモネは俺を呪い殺すような目で睨みつけたあと、「自分で、干すから、返してっ」と俺に言う。俺はにっこり笑って、約束どおり下着を彼女の方に投げてあげた。
「……いつか、おぼえてて、よ……イシュエル……ふくしゅう、してやるんだ、から……」
「おお復讐なんてこわいこわい、俺のセクシーな赤いブーメランパンツがアネモネちゃんの部屋から見つかったりしちゃうのかしら」
「……いしゅえるの、ばーかっ!」
アネモネは涙目で俺にそう文句を叫び、メアから投げつけられた衣類を抱えて部屋を出て行く。俺はそれを苦笑いで見送り、再び視線を新聞へ落とした。
視線はそのまま、俺にとっては無意味な文字の羅列でしかない新聞の記事を追う。だが当然内容は頭には入らず、俺は別の思考を続けていた。
どうしたらアネモネを助ける事が出来るか――俺はその答えを知っていた。アネモネだって、知っていたはずなのだ。
あの日、メアを召喚した事故で記憶を失わなければ、アネモネは自分が助かる方法をあの場で実行していたはずだった。
召喚の事故は、多分俺のせいなのだろう。俺が不慣れな術でアネモネの記憶を奪ったから、事故がおきた。元々大半の記憶を奪われて不安定だったあいつの記憶は、事故の衝撃でさらに失われた。俺が奪った記憶は俺の意思で元には戻せるけども、事故で失われたものは俺にはもうどうする事も出来ない。そしてそのどうすることも出来ない部分に、メアを呼んだ理由は含まれていた。
メアを呼んだ理由をあいつは忘れ、そして俺が戻ってきた時には、アネモネはメアに情を持って接してしまっていたのだ。そう、俺が気づいた時にはもう全てが遅かった。
本当に、俺は愚かだと思う。後悔ばかりをしている。後悔とは、したときにはもう全て遅いのだ。ただ愚かだと、自分を責めて慰めるしかできない。
召喚した時に俺が傍にいれば、少なくともこんなに苦しい決断を迫られるまでには追い詰められなかっただろう。俺もメアに情が移っている。彼が可哀相な少年だと知ってしまった。そして真っ直ぐで素直で、優しい少年だということを理解してしまっている。
……今更、自分が助かる為に彼を死なせる選択、アネモネには出来ないと思う。そんなこと、俺にだって出来ない。
メアはただ巻き込まれただけだ。あの少年は何もしらない。今のアネモネのように。
全てを知っているのは、俺だけだった。あぁ、そうか……こうしてどうしようもない事実を全て一人で背負い込む事が、俺の罪なのだろう。
俺が助かるには、アネモネを見捨てるか彼女の呪いを解くしかない。
アネモネが助かるには、まずはメアを犠牲にするしかない。
メアを助けるならば、アネモネは呪いを背負い続ける事になる。俺は……
俺たち三人が皆で幸福になる方法なんて、そんな幻想はどこにもなかった。俺たちは互いに誰かを犠牲にしないと、幸福になれないのだ。仮初めの幸せで塗り固められた今を生きるほどにこの先が辛く恐く感じ、不幸が手招きをする。
「……本当に、厄介な呪い押し付けやがって……イレインめ……」
知らず、独り言が俺の口から漏れる。それに気づいて思わず顔を上げたとき、アネモネはこの場にいないことを思い出して安堵した。
そうして全然内容が頭に入らない新聞を閉じた時、慌しい足音の後にアネモネとメアが血相を変えて部屋にやってくる。
「イシュエル、たい、へんっ! たいへん、だよっ!」
「な、なんだぁ?!」
二人の慌しさに俺は驚きに目を丸くする。敵襲でもあったのかと思うほどに慌てる二人は、「どうした?」と聞く俺にこう返した。
「いいから来てください、イシュエルさん!」
「そう、来て……っ! すごい、の……! 見てほしい、の!」
「え、見る……? な、なに……」
よくわからないまま、二人は俺の腕を引っ張って何処かに連れていこうとする。俺は二人に引っ張られるがままで、何処かに向かった。
アネモネとメアが俺を連れてきた先は、家の敷地内で日明かりがいい物干し場……の、すぐ近くに最近作った温室だった。
確かここは、ナマミソが見つけてきた謎の種を植えた鉢が置かれている場所だ。俺はあまり興味ないので来ない場所だが、アネモネとメアはわりとしょっちゅう鉢植えの世話をしに来ているらしい。いつ芽が出るのかと二人が楽しみにしていることは俺も知っていた。
「お、まさか……」
察しのいい俺様なので、温室に入る前に二人が俺をここに連れて来た理由を理解する。
「もしかして、アレ、芽がでたの?」
「ふ、ふふ……ひみつ、なのっ」
「とにかく入ってください、イシュエルさんっ!」
二人に引っ張られて温室に足を踏み入れると、温室は帝国のよくわからねー技術でわりと温かかった。
「お、あったけぇ……なんだ、雪降ってもここで暮らせるな」
「何言ってるんですか……それより、ほらっ!」
子どもみたいに目を輝かせて俺に何かを指差すメアの、その指差す先を視線で追う。って、メアは間違いなく子どもだったな。
「おっ!」
メアが指差した先には案の定あの鉢植えがあり、そしてその中を覗くと……
「すげぇ、芽ぇ出てんじゃん!」
覗き込んだ鉢植えの中では、小さく緑の芽が確かに芽吹いていた。だが植物なんてさっぱりわからない俺には、なんの芽だかはやはりわからない。でも、なんとなく花っぽい気がした。
いつの間にかうさこやナマミソも温室内に居り、二匹が鉢植えの周りとぐるぐると興味深そうに回っている。アネモネは俺の言葉に笑顔で「うん!」と頷いた。
「いま、ね……メア君と、せんたくもの、ほしてて……うさこたちが、なんか呼ぶから、見てみたら……出てたの!」
嬉しそうにそう俺に報告するアネモネを見て、俺も思わず顔を綻ばせる。正直、芽なんて出ないとさえ思ってた俺なので、驚きと同時に二人の喜ぶ姿が見れて安堵していた。
「すごいですよね! ちゃんと、芽が出るなんて!」
メアも興奮してるらしく、珍しく俺の服の袖を引っ張っている。俺は「そうだな」と、そう笑みを零しながら二人に返した。
「ちゃんと、芽吹くんだなぁ……」
何の植物なのかまだわからないが、そこに確かに希望はあったのだと知った。いや、希望なんてものをまともに信じていたのはアネモネとメアの二人だ。芽吹かせたのも、二人の力だ。俺は何もしていない。
「これ、ちゃんと……フェルカドさんとかに、お話、きけば……育て方……聞いて、がんばれば……お花も、咲くかなっ」
「お花じゃなくて、このまま何かの木が生えたりして! 育ったものが温室突き抜けたらどうします?」
「えー……くだもの、の、木なら、まぁいいけど……つきぬけは、こまる……」
鉢植えを前に楽しそうに話す二人を細めた目で眺め、やがて俺は二人の頭に手を乗せる。二人が揃って俺を見上げるので、俺は笑みを返した。
「そーだなぁ……マジで芽が出ちまったらしょうがねぇ、これからはこの俺様もお世話をマジメに手伝ってやるよー」
「あー、そうですよイシュエルさん! マジメに手伝ってくれてなかったですよねぇ! 今度からはしっかりお願いしますよ!」
「うぃーっす、ちょうがんばりま~っす」
「うわ、全然マジメにする気ない返事だ……ぶん殴りたい」
メアは俺を無視するように「アネモネさん、あの人は役に立たないのでこれからも二人でがんばりましょう」とアネモネに言う。それに頷くアネモネを見て、俺はちょっと悲しくなった。
「おぉ~い、三人でがんばろうぜ~」
「わたし、と、メアくんと……あ、あと、うさこと、ナマミソちゃんでがんばろ、ね。四人、だ」
「そうですね」
「ひゃーひどい、俺だけハブるとか超いじめじゃん!」
だけど、何だかんだでこうして賑やかにふざけあっている時間が一番安心できた。心地よく、これが何気ない日常で”幸せ”なのだろうと、思える。この小さな”幸せ”はどこまでの未来に繋がっているのかは、わからないけれども。
願わくば、小さく芽吹いたこの”希望”が枯れることなく先へ繋がるようにと……俺は二人の笑顔を見て、それを思わずにはいられなかった。
【END】
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